クチコミ総合評価

 

対象学年  
  授業の難易度
  授業の評価形式  
  オススメ度
     
     
  ニックネーム  
  投稿日付
  授業の難易度
  授業の評価形式  
  オススメ度
  アドバイス・情報  
     

20??年

(    さん提供)
先にも少し触れたように、日本は、中国文化を江戸時代まで非常に高く評価し、尊敬し、それこそはっきりと憧れの対象としていた。それが近代となって西欧と出逢い、憧れの対象を西欧に転じて西欧をモデルに近代国家として発達するに従い、中国が西欧に比べ劣っている,あるいは停滞していると言う理由で、逆に見下すようになってしまう。もともとは儒教にしても漢字にしても、あるいは中国を経由してきた仏教にしても、日本にとって大陸中国が異文化の中心であったのが、逆にそれを劣った文化として見下すようになった。そうした傾向は現在の日本でも、色濃く残っていると言わざるを得ない。もちろん日本文化のルーツの一つとして中国文化を捉え、きちんと正面から向き合って再評価しよう、理解しようとする人も多数いるが、依然として残念ながら中国文化への評価は低いのである。
 中国に対するそうした近代日本の傾向は、アジア全体に対しても拡大されてきた。アジアにあるさまざまな文化に対しても、それを西欧やアメリカの文化と同格に置かないようになった。その傾向は現在まで引き継がれている。
 近代の日本人は、アフリカやアジアといった、西欧やアメリカ以外の文化に対しては非常に冷淡と言うか、正しい認識をなかなかしない傾向があった。ここでは近代化という面から見て発展しているか、遅れているか、と言った単純な尺度を当てはめて、その文化が憧れの対象となるかどうかと判断され、人々の関心が左右されていた。中国やそのほかのアジアの国々の文化は憧れの対象ではなく、手本にはならなかったから今でも劣ったものだという、短絡した認識が見られる。
 異文化に対してはこのように、一方に対して憧れると、同時にもう一方に対しては軽蔑するとか、嫌いになるとか、両極端な態度をとってしまう危険性がある。しかも、憧れる場合も軽蔑する場合も、その文化のさまざまな面を深く知って判断するのではなく、ささいな、断片的な知識や印象だけで結論づけてしまいがちである。一般に異文化に対して冷静で客観的な判断を下すことは非常に難しいことであるから、どうしても好きだとか嫌いだとか、あるいは憧れるとか軽蔑するとかいう非常に恣意的で感情的な形で位置づけてしまうことが多い。
それは人間にとっての異文化が持つ宿命なのかもしれないが、ただ、現在のように異文化をどう捉えるかが非常に重要になってきた時代においては、近代日本のように憧れと軽蔑といった二元的、あるいは好か悪かといった両極端の捉え方ではすまない。何よりも、そのような浅い異文化そのものの捉え方では現実の世界に対してまともに向かっていけない。さまざまな異文化についての憧れを何によるのか冷静に判断するとともに、たいしたことはないと片付けてしまった文化についても、不当にも貶めて捉えてしまっている所がないかどうか、改めて検討しなければならないと思う。これは大きな課題である。


一、 筆者は、傍線部「人間にとっての異文化が持つ宿命」をどのようなものとして考えているか、一〇〇字以内で説明せよ。
二、 あなたは、現代の日本人が異文化としての中国を学ぶ意義について、どのように考えるか。筆者の意見も参考にしながら、八〇〇字以内で述べよ。
   
     
     
SEO [PR] 再就職支援 冷え性対策 わけあり 動画掲示板 レンタルサーバー ブログ SEO